SSブログ

アルバータ主権法案を提出 [アルバータ]

 アルバータ州のダニエル・スミス首相は11月29日、公約していたアルバータ主権法案をついに州議会に提出した。
「我々は過去に異なるものを試したが、機能しなかった。」
「それで我々は、新しい何かを試すことにした。」
 だがその「新しい何か」とは、議会の同意なしに政府が法律を改正できる、いわゆる「ヘンリー八世条項」だった。

 (1) 法学者の反応
 法案は「既存のあるいは予想される連邦の法または政策が、憲法に反しているかまたはアルバータ州・アルバータ州民・アルバータ経済に有害である場合」に、それを阻止するため「地方自治体、教育委員会、高等学校、地方警察、地域の保健当局、および州政府から資金提供されているあらゆる団体に、州の資金を強制執行に使わせないよう内閣が指示できる」と規程している。ただし法案は、カナダ憲法を無視するのを認めていない。さらに法案は、州議会を経ずに州法を改正できる権限を内閣に与えている。
 このような内容は、州政府が一方的に連邦権限を否定するものであり、また三権分立の原則を覆すものとして、法学者から強い批判を受けている。
 アルバータ大学のエリック・アダムス教授は、次のように述べた。
「州議会が、州の組織に連邦法を遵守しないよう命じる憲法上の権限が存在するかどうかを諮問した例は、これまでにない。」
「連邦法への拒否あるいは不服従を命令する権限が州にあると、憲法が規定している場合にのみ、そうすることができる。」
「『有害な法律』の定義は、広範囲かつ拡張性がある。そう、有害さの基準は、見る人の目にある。そして党派的な世界では、あなたが政治的見解に反すると考えるものは、何でも有害となる。」
 そして「ヘンリー八世条項」については、「これは異常事態だ。前代未聞だ」と一蹴した。
 トロント大学のデビッド・シュナイダーマン教授も、懸念を表明した。
「連邦法を修正することは彼らの権限の範囲内でないと、私には確信を持って思える。それがアルバータ州法なら、彼らはアルバータ州議会を迂回している。」
 彼はまた法案が、アルバータ州議会を連邦法の合憲性を審査する裁判官にすることを懸念すると述べた。
「州は連邦政府と合法的な憲法上の紛争を抱えることがありえるが、それは公平な第三者である裁判所に行く。」
 オタワ大学のカリシマ・マセン教授も、同意する。
「州が連邦法の効力を無効にする根拠は、憲法上明らかに存在しない。」
 カルガリー大学のイアン・ホロウェイ学部長は、一連の動きを「策略」と評した。
「これは、専門家としての私の生涯で初めて見る、明らかな反憲法的策略だ。スミス首相は、政治的なチキンゲームをしている。」
 ジャック・メージャー元最高裁判事は、法案に一定の理解を示した。
「連邦政府が州に意見を聞くことなく、州の反対する何かを導入するなら、州はそれを実行しないとする見解を、アルバータはこの法案で切り開くつもりなのだろう。」
「たとえば連邦政府が炭素税のような何かを強要し、アルバータがこれに反対した場合、裁判所に訴えるかどうかは州しだいである」。
 ブリティッシュコロンビア大学のジェフリー・シガレット准教授は、法案は、有効なはずの法律を無効にするものと予想していた。
「もしそうなら、それは憲法上非常に疑わしいだろう。」
「この法案を読むかぎり、そうではない。それは、連邦法を無効にするものではない。」
「司法判断に従わせないために、州の職員の誰一人にも公的な権限を与えていない。そのかわり、憲法に反すると州が見なす特定の連邦法について、連邦政府に協力しないことを州に可能にする。それは全く合憲である。」
「アルバータ州は、彼らが最終的な仲裁者であるとは言っていない。彼らは、法廷は法案より上に何も持っていないとは言っていない。彼らは、裁判官の言うことをきけないとは言っていない。」
「それは、連邦政府には管轄があり、そして我々にも我々の管轄があると言っている。」

 (2) トルドー首相の反応
 連邦のトルドー首相は翌30日、法案についてはコメントせず「政府はどう対処するか決める前に、これがどう収束するかを注視していく」と語った。
 ナビゲーター・リミテッド社が10月上旬に実施した政党支持率調査は、連合保守党38%に対し新民主党53%と、与党に分が悪いが、総選挙は2023年5月までに実施しなければならない。スミス首相は、あえて成立の見込みのない法案を提出し、州民のために戦っているポーズを取ることで、総選挙を乗り切ろうとしているという見方も強い。スミス首相の売った喧嘩を買うことは、彼女の思う壺になりかねない。トルドー首相は、法案はどうせ成立しないと見切って、あえて対処せず、検討すらしないと考えているように見える。

 (3) 「連合カナダにおいて」
 さて予告されていたアルバータ主権法だが、提出された法案の正式名称は「連合カナダにおけるアルバータ主権法」(The Alberta Sovereignty within a United Canada Act)だった。法案は、連邦政府に対する独立宣言と受け取られるリスクがあり、党内で相当な反対があったものと思われる。
 これは、2006年の「カナダの中の国」騒動を彷彿させる。ケベック連合が連邦議会に「ケベック人は国を構成する」(Quebeckers form a nation)という動議を提出した。この動議は実態としては意味がなく、自党はケベック独立のために努力したが他党が反対したというポーズを取ることで、ケベック州において自党は支持を集め、他党には失わせるという策略だった。そこで与党保守党は「ケベコワは連合するカナダの中で国を構成する」(The Quebecois form a nation within a united Canada)という修正案を作成し、野党自由党と新民主党の同意を取り付け、265対16でこれを可決させるとともに、ケベック連合の動議を否決した。
 自由党は保守党案に賛成投票することに決めたが、元ホッケースターのケン・ドライデン議員が造反し、反対投票した。彼は採決に先立ち、下院で騒動の全てを非難した。
「こうでなければならないというほど深刻な感じではないので、これは間違っていると感じる。これはたちの悪い、印象操作的な、ご都合主義的なゲーム、政治的なゲームのようだ。これら全てのゲームと操作が、みんなのためというわけではない。」
 カナダの歴史は、ケベック独立主義者に妥協した者は例外なく破滅することを示している。妥協案だったミーチレイク協定は、与党進歩保守党の消滅とケベック連合躍進を招き、政界再編をひき起こした。独立ブラフを使ったチキンゲームは、舵取りを誤ると思わぬ結果をひき起こしかねない。

 (4) ケニー前首相、州議を辞職
 法案が提出された同日、ジェイソン・ケニー前首相が州議を辞職した。マウント・ロイヤル大学で政治学を教えるロリ・ウィリアムズ教授は、次のように語る。
「主権法案が公表されてすぐ辞任したのは、偶然とは思わない。まるで、この法案を一切支持しないと言っているかのようだ。」
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

nice! 0

コメント 0

コメントの受付は締め切りました