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ファットコット被告に有罪:ヘイトクライムの解釈に変更なし [人権]

Bill_Whatcott_protesting_outside_Calgary_courthouse.jpg サスカチュワン州の男性が同性愛者を誹謗したパンフレットを配布した事件について、カナダ連邦最高裁は2月27日、被告の活動はヘイトスピーチに当たるとした一審判決を支持するとともに、ヘイトスピーチを禁じた刑法条文は憲法の規定する言論の自由に反しないとする従来の解釈を踏襲した。

 サスカチュワン州ウェイバーン在住のビル・ファットコット被告は2001年と2002年、「サスカチュワンの公立学校からホモセクシャルを排除せよ」「公立学校における男色」などと題した4種類のパンフレットを配布した。そこには「ゲイとレスビアンは、彼らの不品行をサスカチュワンの子供たちと共有することを望んでいる」「我々の子供たちは同性愛への寛容の代価として、病気と死と虐待であがなうことになるだろう」「サスカチュワンの学校はやがて同性愛を祝福するようになる」などと書かれていた。
 サスカチュワン人権裁判所は2005年、被告に罰金1万7500ドルを科すとともに、類似したパンフレットの配布を禁止した。同裁判所は、4つのパンフレットのうち最初の2つが憎悪を促進したと認めた。残りの2つについては、人権侵害のレベルに至らなかったが、十分に攻撃的だったと判断した。
 ところが2010年、サスカチュワン控訴裁判所での二審判決は、過去の判例に照らし、パンフレットは同性愛者へのヘイトスピーチの定義を満たすに十分ではないとして、一審判決を覆した。
 最高裁は6対0で、被告を有罪とした。判決でマーシャル・ロスステイン判事は、被告のパンフレットをヘイトスピーチと判断した理由について、こう述べた。
「パンフレットは、ターゲットとされた集団を安全と幸福を脅かす存在として描写し、彼らへの拒絶を一般化する目的において信頼できる情報を引用し、そして憎悪を煽るため侮蔑的な中傷表現を用いている。」
 そして差別から人々を保護するため、刑法が言論の自由をある程度制限することには合理性があると述べ、従来の判例を踏襲した。
「制限は、差別から来る有害な影響や社会的コストを軽減する観点から重要である。」
「ヘイトスピーチは、会員資格を問うことで個人を集団から取り除く試みである。さらにグループ全体を憎悪にさらす表現を用いて、多数派の視点からグループのメンバーを非合法化しようとし、社会における彼らの地位を貶めようとするものである。」
 彼はさらに、全ての攻撃的なスピーチが法律上ヘイトスピーチと定義されるわけではないことにも触れた。
「法律上のヘイトスピーチ禁止は、分別のある人が前後関係と状況から判断して、客観的に適用されなければならない。」
 最高裁はまた、サスカチュワン州法における「嘲笑・過小評価あるいは尊厳への侮蔑」というあいまいな表現を無効と宣言し、さらにサスカチュワン人権裁判所が定義した「憎悪」の定義である「嫌悪、中傷、蔑みの強い感情」から、「中傷(calumny)」の語を削除することを決定した。ヘイトスピーチと認定するのにそれが虚偽である必要はなく、またその語が「日常的に使われていない」からである。

 ファットコット被告はトロントに生まれ、青年時代は麻薬・犯罪・同性愛に溺れていたが、キリスト教によって新生(英語では“born-again Christian”と言う)すると、妊娠中絶と同性愛に反対するパンフレットを個人的に作成し配布するようになった。パンフレットには切断された胎児や、病気にかかっている同性愛者の写真を掲載されていることがあり、サスカチュワンで6回逮捕された(全て不起訴)。2001年には、レジャイナで「異性愛者プライド・デー」のパレードを開催している。
 さらにアメリカで1回、オンタリオで20回逮捕され、1994年に初めて有罪判決を受けた。ところが、トロントの妊娠中絶クリニックから18メートル以内への接近を禁止する命令に違反し、6か月服役した。
 彼は看護士だったが、中絶を行うクリニックの従業員を脅迫したとして2005年、サスカチュワン准看護士協会から罰金1万5000ドルを科せられ、45日間資格停止処分を受けた。ところが彼は、自分の活動は勤務時間外のもので、かつ看護士の地位について言及しなかったため、市民の自由な活動の範囲内だと主張した。この事件も法廷に持ち込まれ、一審は協会の処分を支持したが、二審で覆り、最高裁も二審判決を支持して処分は無効と判断した。
 ファットコット氏は、このようないきさつと長い法廷闘争のため、看護士の職を失い、今はトラックの運転手をしながら政治活動を続けている。1999年にオンタリオ州議会選挙、2000年にレジャイナ市長選挙、2007年にエドモントン市長選挙に立候補し、いずれも落選している。

 この裁判には、賛成7・反対14の計21の団体が補助参加人として参加した。これはカナダの歴史上、どの裁判よりも多い。前者はカナダ憲法基金、カナダ市民自由協会、表現の自由のためのカナディアン・ジャーナリスト、キリスト教法曹組合、カナダ福音同盟、カトリック人権連盟、信仰と自由同盟。後者はアルバータ司法長官、カナダ人権委員会、アルバータ人権委員会、オンタリオ人権委員会、ユーコン人権委員会とノースウェスト準州人権委員会、イーグル・カナダ社、カナダ・ユダヤ評議会、サスカトゥーン・ユニテリアン議会とカナダ・ユニテリアン評議会、女性の法学教育及び行動基金、カナダ法曹協会、ブナイ・ブリス人権連盟、カナダ合同教会、カナダ先住民会議とサスカチュワン・インディアン連盟とサスカチュワン・メティス・ネーション、アフリカン・カナディアン法律クリニックである。
 刑法が規定するヘイトクライムは、憲法が規定する言論の自由を制限するものだとして、今も議論の対象となっている。ファットコット被告は法廷で、品のない意見でも言論の自由はあると主張し、カナダ市民自由協会は、ヘイトスピーチに関する1990年以降の判決を取り消すよう最高裁に求め、拒否された。彼を支援するジャーナリストらは、最高裁は被告を無罪とはしないにせよ、ヘイトスピーチの適用範囲を狭めるものと見ていた。さまざまな意見が飛び交う言論市場では、憎悪や暴力を標榜するような間違った意見でさえ表明されるべきであり、憲法上それらは無視されるか、自由な言論によって退けられるべきであって、起訴されるべき性質のものではないというのである。
 カナダ市民自由協会の弁護士アンドリュー・ローカン氏は、判決を批判した。
「判決は、どんな表現がヘイトスピーチと定義されるかというガイダンスを提示するが、ヘイトクライムの根本的なあいまいさの解消には失敗した。法廷からの20年のガイダンスは、これらの問題を解決しなかった。」
 いっぽうカナダ・ユダヤ評議会の弁護士ルーカス・ラング氏は、言論の自由に関する議論は、被告の狙いに関する議論を覆い隠すおそれがあるとして、こう述べた。
「平等の権利を蹂躙された犠牲者がここにいるという事実から、我々は目をそむけることはできない。」

 英連邦諸国には「議会主権」という発想があり、国民によって選挙された議会での決定が、選挙されない裁判官によって無効化されるのを嫌う伝統がある。
 カナダの司法にはかつて、違憲立法審査権はなかった。1867年憲法はカナダ人ではなく宗主国によって制定されたもので、カナダにはそれを改正する権限はなかったから、イギリス議会に改正を「要請」していた。この時代のカナダの司法は、形式的にはカナダ連邦最高裁が最終審だったが、これに不満がある場合は、イギリス枢密院司法委員会に上訴することができ、このレベルでは違憲判断を下すことができた。
 ところが1982年憲法制定によってカナダが法的に独立国となり、憲法改正の権限を手に入れると、裁判所はそれまで見られなかった違憲判断を下すようになった。
 オスグードホール・ロースクールで憲法を教えているブルース・ライダー教授は、カナダ議会がそのような法律の存在を認めているという事実が、「憲法修正第1条の権利は神聖にして侵すべからず」というアメリカと非常に異なる国であることを示していると指摘した。
「カナダ人は南の隣人たちとは異なり、平等と社会的調和により強い関心を抱いている。我々の憲章を、より幅広くリバタリアン的に解釈することは、この国では受け入れられないだろう。」
(※アメリカ合衆国憲法修正第1条:合衆国議会は、国教を樹立し、または宗教上の行為を自由に行うことを禁止する法律、言論または報道の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない)


写真:カルガリーの裁判所前でアピールするビル・ファットコット氏。
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