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緑の党のポール党首、オンタリオで出馬 [緑の党]

 緑の党のアナミー・ポール党首は1月28日、次の連邦議会選挙でオンタリオの選挙区に立候補すると発表した。
 与党自由党は過半数割れの状態で、予算案の審議に入ろうとしている。これを三大野党が不信任すれば、総選挙に突入することになる。各党は、いつ総選挙になってもいいよう、候補者の擁立に取りかかっている。
 緑の党は、彼女が出馬する選挙区は後日発表すると語った。だが匿名の事情通は、彼女が出馬しそうなのはゲルフ、スパダイナ-フォートヨーク、パークデール・ハイパーク、ダベンポート、トロント・ダンフォース、トロント・センターのいずれかだろうと明かした。
 緑の党は現在、ブリティッシュコロンビアとニューブランズウィックに3議席を持つ。オンタリオで当選したことはないが、ポール党首の出馬は、オンタリオでのテコ入れを意味する。
 彼女は2020年10月、トロント・センター選挙区の補選に出馬し、2位に敗れている。
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ベヤック上院議員辞職 [先住民]

 リン・ベヤック上院議員(71歳)は1月25日、辞職した。彼女はすでに2度停職になっているが、上院で彼女を罷免する動議が提出されていた。上院議員は75歳定年のため、任期を3年残していた。
 規定により、連邦議会議員を6年以上務めた人は、議員年金を満額受け取ることができる。彼女の辞職は、罷免されることで年金を削減されることを阻止したものと思われる。
 彼女は2013年1月25日、ハーパー首相(当時)によって上院議員に指名された。ハーパー前首相は75歳定年制に異を唱え、8年任期制を提唱しており、指名にあたり8年務めると約束したと彼女は語った。

 彼女は同日発表した声明で、寄宿学校にまつわる発言に関し、言論の自由を尊重する国民に代わって攻撃されることを「光栄」だと述べた。
「彼ら(筆者注※彼女の批判者)は本心での議論を嫌い、権力と支配の計画に基づき、共謀メディアの力を借りて私の意見を攻撃した。」
「事実は、一人の上院議員が何百万ものカナダ人の意見を敢然と代弁したことで彼らを畏怖させたのであり、彼らの恐れは、憲法に反する動議と高くつく調査、言論の自由を抑えつけるためのあらゆる手段を用いて、オタワで私を絶えず非難したことから、明白である。」
 そして彼女は、全国の何千もの人々から受け取った手紙を、生涯の宝物にすると語った。

 ベヤック議員は2019年に停職処分となったとき、先住民との和解に関する教育プログラムの受講を義務付けられたが、完了できなかった。講師が植民地化・収奪・世代を超えた精神的外傷・貧困・人種差別について説明すると、ベヤック議員はこう言ったという。
「歴史は人種差別しない。それはあなたたちの民族が、あなたたち自身にしたことの結果だ。」
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パイェット総督辞任 [総督]

 ジュリー・パイェット総督は1月21日、辞任した。
 彼女は2020年7月、総督府スタッフに度の過ぎたパワーハラスメントを行ったと報じられ、独立した調査機関が調査していた。ドミニク・ルブラン枢密院議長は先週末、最終報告書を受け取ったが、その内容は「不穏当かつ深刻」なものだったという。
 これを受けてパイェット総督は21日夜トルドー首相と会談し、辞表を提出した。彼女の腹心で、パワハラに加わったとされるアサンタ・ディ・ロレンゾ総督官房長官も同日、辞任した。
 総督は、メディアを通じ声明を発表した。
「(筆者注※刑事または民事上の)公式な訴えはなされていないが、私はこれらの申立てを深刻に受け取っている。」
「我々はみな物事を異なって体験するが、我々はうまくやるよう、また別の誰かの認識に注意深くあるよう努めねばならない。」
 そして彼女は、父親の健康がすぐれず、自分の介護が必要なため、辞任はちょうどよかったとつけ加えた。
 これを受けてトルドー首相も、声明を発表した。
「カナダ政府のあらゆる従業員には、安全かつ健全な環境で働く権利がある。そして我々は、この問題に極めて真摯に取り組んでいく。」
 バッキンガム宮殿は「女王は情勢を認識している」という短い声明を発表した。

 総督が欠けたときは、連邦最高裁判所長官が代理に就くと規定されており、リチャード・ウェイゲナー最高裁長官が総督代理に就任する。
 任期途中で総督公邸を出て、代理に代わった総督は過去にもいるが、大半は健康上の理由であり、不名誉な理由ではパイェット総督は最初の人となる。
 1931年ビア・ポンソンビー総督(ベスバラ伯)がカナダを出国したとき、後任が就任するまでの残りの任期を、最高裁長官が代理に就けなかったため、ライマン・ダフ陪席判事が総督代理を務めた。カナダ生まれで初めてカナダ総督になったのは1952年のビンセント・マッシーだが、ダフはそれより早く総督代理となり、1931年3月12日に連邦議会を召集し、スローン・スピーチを朗読した最初のカナダ人となった。
 ジョン・バカン総督(ツイーズミュア卿)が1940年に死去したときも、ダフは最高裁長官として総督代理を務めている。
 国王ジョージ五世は1952年2月1日、後任のカナダ総督にビンセント・マッシーを指名したが、6日に崩御した。軍人だった総督ハロルド・アレキサンダー卿は、チャーチル首相に国防大臣に就くよう要請されていたため、任期を1か月残してイギリスに戻り、ティボドー・ランフレ最高裁長官が総督代理を務めた。
 ジョルジュ・バニエ総督が1967年に死去したときは、ロベール・タシュロー最高裁長官が総督代理を務めた。
 ロメオ・ルブラン総督(ドミニク・ルブランの父)は1999年、病気のため任期満了前に辞職した。エイドリアン・クラークソンがすぐ後任に就いたため、代理は立てられなかった。
 エイドリアン・クラークソン総督は2005年、心臓手術のため入院し、ビバリー・マクラクリン最高裁長官が総督代理に就いた。後任のミカエル・ジャン総督が就任する9月27日、マクラクリン総督代理は不在のため、ジョン・メージャー陪席判事が代理の代理を1日務めた。

 与党が過半数の場合は、総督の地位は問題にならないが、現在自由党政権は過半数割れで、いつ内閣不信任されてもおかしくない。首相による解散・総選挙の要請を、許可するかどうかは総督の裁量であり、首相は意のままにできる人物を後任に据えたいはずだ。だが連邦議会の新しいセッションは、来週召集される。それまでに後任を据えるのは、無理だろう。
 ハーパー前首相は総督を決める諮問委員会を設立したが、トルドー首相は委員会を設置しなかった。保守党のオトゥール党首は、後任総督の指名に注文をつけた。
「首相による最後の指名と、少数政権の問題を考慮すると、後任指名について首相は野党に相談し、また指名委員会を再興すべきである。」
 ケベック民族主義・反英・反王室のケベック連合は、「民主主義国家に総督は必要ない」という声明を発表するとともに、調査委員会による報告書の全文を公開するよう要求した。だがルブラン議長は、個人情報保護法の観点から全文の公開はできないため、プライバシーを削除した適切なバージョンを作り後日公表すると回答した。
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保守党、スローン議員を除名 [保守党]

 保守党は1月20日幹部会で投票を行い、デレク・スローン下院議員を幹部会から除名した。スローン議員は無所属議員となる。彼は2020年党首選に立候補した際、著名なネオナチ活動家ポール・フロム氏から131ドルの政治献金を受けていたことで非難されていた。
 オトゥール党首は、彼が社会保守主義だから除名するのではないと説明した。
「我々は、多くの国民と同様に、議会において異なる性質を持つ議員たちを抱えている。」
「保守党は、あらゆるカナダ人を反映する大きな組織である。あらゆるバックグラウンドを持つ人が、我が党に居場所を持つ。」
「保守党幹部会は、特定の一行動ゆえでなく、1年以上にわたり保守党に対し無礼かつ破壊的言動を続けてきたことにより、デレク・スローンの除名を可決した。」
「これらの行動は、党を発展させる我々の努力と、我々がするべき任務に集中するのを逸らすものである。先週の問題は、単に最後の藁に過ぎない。」
 スローン議員は、献金は「フレデリック・P・フロム」名義で行われており、気づかなかったと主張した。そして、フロム氏が正式に入党し党首選で投票した事実を挙げ、党のやり方は偽善だと批判した。だが保守党広報のコリー・ハン氏は、フロム氏を入党させたのはスローン陣営であり、保守党は後に彼の党員資格を剥奪し、献金と党費を返金したと反論した。
 スローン議員はさらに、自分が追放された真の理由は、影響力があるからだと語った。
「『駱駝の背を折った最後の藁』(筆者注※「堪忍袋の緒が切れる」を意味する慣用句)というのは本当だ。党大会の開催が迫る中、私は多くの党員を獲得しているのだから。」
 3月に開催される党大会で、スローン議員は右翼的綱領を採択させるため、右翼や社会保守主義者を勧誘しており、党員名簿を入手し自動電話をかけた疑惑を持たれ、党が調査している。

 2020年党首選は、本命のマッケイ候補だけが左派で、ほかの3候補は右派だった。1回投票するごとに一人ずつ脚切りされるシステムにおいて、敗退した候補の票を獲得するには、オトゥール氏は右翼的政策を訴える必要があった。実際オトゥール氏は、スローン議員の数々の問題発言を、一貫してかばって来た。だが党首選は保守党員だけが投票するのに対し、総選挙は全国民が投票する。そこでオトゥール党首は、党首選では当選するため右寄りの政策を訴えても、総選挙では中道寄りに軌道を修正する必要があるだろう。
 スローン議員やルイス候補は、トランプ人気に便乗しトランプ・マニアの票を獲得するためわざと過激な主張をしていた形跡がある。だがトランプ氏は、議会暴動を扇動した疑いで弾劾訴追され、20日に退任した。一部の人々を熱狂させたトランピズムに終わりが見え、自由党が保守党にトランピズムのレッテル貼りを仕掛けるに至り、オトゥール党首はトランピズムとの訣別を宣言する必要に迫られた。彼は17日、議会暴動を「おぞましい」と非難したうえ、中絶容認・LGBTの権利・先住民との和解促進を宣言する声明を発表し「我が党に極右の居場所はない」と断言した。スローン議員の献金問題が報じられたのは、その声明発表の直前だった。

 2020年4月には、中国系のテレサ・タム公衆衛生局長に対し「カナダと中国のどちらのために働くのか」と問うて、党内で除名騒ぎに発展したが、このときは除名されなかった。
 だが12月には、連邦議会でオトゥール党首が政府に「コロナ・ワクチンの配布が遅い」と批判していたとき、スローン議員はワクチンの危険性を訴え、党首の面目を丸つぶれにした。

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図:「女性差別」「ホモ差別」「人種差別」、3つ揃うと保守党から除名。ほかの議員たちは一つか二つなのでセーフwwww
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「十月危機」人質のクロス元通商代表死去 [ケベック]

 十月危機で誘拐され、犯人グループの亡命と引き換えに解放されたジェームズ・クロス元通商代表が、新型コロナのため1月6日に亡くなっていたことがわかった。99歳だった。
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写真:クロス氏健在の証拠としてFLQが送って来た写真。クロス氏は爆弾の詰まった箱に座り、ソリテアで時間を潰している。
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トルドー内閣改造 [自由党]

 イノベーション・科学・産業大臣ナブディープ・ベインズ氏の総選挙不出馬表明を受け、トルドー首相は1月12日、内閣改造を行った。
 フランソワ=フィリップ・シャンパーニュ外務大臣がイノベーション・科学・産業大臣となり、マルク・ガルノー運輸大臣が外務大臣となり、オマル・アルガブラ政務次官が運輸大臣に昇格した。また病状が回復したジム・カー元国際貿易多様化大臣は、「無任所大臣」(minister without portfolio)として閣僚に復帰した。無任所大臣は、ピエール・トルドー首相が1978年に任命して以来で、カー大臣は中西部担当特務となった。なお新任大臣の宣誓は、カナダ史上初めてオンラインで行われた。
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 与党自由党は過半数割れの状態で、春の予算審議を迎えようとしている。野党が団結して予算案を否決させれば、解散・総選挙になる。総選挙は2019年10月に行われたばかりで、任期切れまでかなりの期間があるが、ベインズ氏が早くも不出馬表明したのは、総選挙はいつひき起こされるかわからないからだ。
 再選を目指さない閣僚が内閣から外されるのは普通のことだが、任期切れはかなり先なので、この時期の内閣改造は総選挙の準備ではないかという憶測を呼んだ。だがトルドー首相は「全てのカナダ人が新型コロナワクチンを手に入れるまで解散するつもりはない」と語った。

 大臣を辞任したベインズ氏はオンタリオ州ミシサウガ-モルトン選挙区選出だったが、新任のアルガブラ大臣もミシサウガ・センター選挙区なので、新任のカー大臣を別にすると、州の閣僚ポスト配分は変わらない。閣僚の男女比も、首相を除き依然として同数である。
 2019年総選挙で自由党は、トロント周辺のミシサウガ・ブランプトン・オークビル・バーリントンで15議席を獲得した。これは、同党が西部で獲得した議席数に匹敵する。それゆえトルドー首相はこの地域を重視し、この地域だけで大臣を3人も任命している。ベインズ氏のほか、カリナ・グールド国際開発大臣(バーリントン)、アニータ・アナンド公共サービス・調達大臣(オークビル)である。
 いっぽう保守党は2019年総選挙で、この地域において2015年から平均5.1ポイントの支持を失い、1議席を除き全敗した。2011年と比較すると平均14.7ポイントも失っており、同党がこれほど支持を失った地域はほかにない。

 新たに外務大臣に就いたガルノー氏は、カナダ初の宇宙飛行士となった英雄である。彼の昇格はもちろん、間もなく発足するバイデン新政権への対策である。
「私はアメリカで人生の9年間を過ごし、強い関係を築いてきた。私の子供たち2人は、そこで生まれている。カナダとアメリカほど重要な関係はほかになく、今後もそうであり続けると強く確信している。」

 カー氏は多発性骨髄腫の治療のため、2019年に国際貿易多様化大臣を辞任したが、病状の回復により閣僚に復帰した。
 自由党は、サスカチュワン州とアルバータ州に議席がない。オンタリオ州サンダーベイからブリティッシュコロンビア州バンクーバーまでの間で、閣僚はダン・バンダル氏(マニトバ州サン・ボニファス-サン・ビタル選挙区)とカー氏(マニトバ州ウィニペグ・サウス・センター選挙区)の2人しかいない。カー氏の大臣就任は、次の総選挙を睨み、自由党の弱点である中西部を補強したものだろう。

 閣外に去るベインズ氏は、家庭の事情を理由に挙げた。
「私は、カナディアン・ドリームを生きて来た。家具職人(cabinet maker)の父から生まれ、大臣(cabinet minister)として働く機会に恵まれた。そして今こそ、人生で最も重要な任務に集中するときだと思う。それは父であることだ。」
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