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バンクーバー新報が廃刊 [バンクーバーとBC]

 カナダの日本語新聞「バンクーバー新報」が、4月30日で廃刊していたことがわかった。1978年に創刊し、休刊は一度もなかったという。
 同紙はバンクーバー・エリアの日本語誌として、唯一の週刊紙であり、州政府から第二種郵便物の認可を受けた唯一のものであった。
 実際には、他誌には週刊にすること、第二種郵便物の認可を受けること、「新聞」と名づけること、タブロイド版にすること、縦組みにすることを許さず、この掟に背いた者をせんべいみたいな学会を使って脅迫していた。それゆえ他誌はどこも月刊で、横組みで、「新聞」と名乗っていなかった。これらの掟を知らず、「求人ぷらす」という週刊誌を作ってしまった小柴プロダクションは、脅迫電話をかけられてしまい、「求人ぷらす」に、虎革のパンツを穿き、頭から角を生やして電話をかける「鬼ババア」のイラストを掲載して抗議したが、廃刊に追い込まれた。
 2000年に開設されたJpcanada掲示板は、サイバーメディアであって情報更新は週刊ですらなく、随時であった。求人欄が設置されたとき、投稿の些細な誤りに因縁をつけ、田中社長にサイト上でバンクーバー新報社への謝罪文を掲載させている。記事がつまらない同紙にとって、求人欄などクラシファイドは生命線であり、週刊以上のペースで掲載することは絶対に阻止しなければならなかったのだろう。
 他社によい新聞を作らせないためにあらゆる手段を尽くしてきたゆえ、バンクーバー新報があるうちはバンクーバーの日本語誌に未来はないという点においては、私と宮坂まり氏の見解は一致している。
 私は「カナダ人物列伝」の原稿を書き、1992年にバンクーバー新報社に持ち込んだが、津田佐江子社長に社長室に通され、二人きりになると「私に原稿を渡さないと、この町で暮らせなくなりますよ」と脅されたことは、28年経った今も忘れることができない。
 「カナダ人物列伝」は最終的に、1993年2月から「ふれいざー」で連載されることになったが、津田社長は私に電話で「ふれいざーなんかいつでも潰せますよ」と脅して来た。宮坂編集長も脅されており、せんべい学会の脅威に対抗するため、ふれいざースタッフの新納基久氏の伯父が中山吾一牧師であることから、彼の手紙を偽造した。これは後に宮坂氏が、有印私文書偽造で摘発されるきっかけにもなった。
 バンクーバー新報Web版については、同紙元記者の三島直美氏と西川桂子氏が引き継ぐことになっている。

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写真:青木ヶ原樹海に残されたダイイングメッセージ。本文とは関係ございません。
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