SSブログ

宗教差別非難動議、「イスラモフォビア」の語が物議 [人権]

 連邦議会は2月15日、人種差別・宗教差別を非難する103号動議(M-103)の審議に入ったが、その文中に「イスラモフォビア」(イスラム嫌悪)の文言があることが議論の的になっている。
 この動議は2016年12月、自由党のイクラ・カリッド議員(オンタリオ州ミシサウガ-エリン・ミルズ選挙区選出)によって提出されたもので、ケベック市モスク銃撃事件を受けて審議されることになった。
 カリッド議員はパキスタン生まれのイスラム教徒だが、1990年代にカナダに移住したとき、近所の子供たちに「ムスリムは帰れ」と言われ心を痛めたという。

 だが問題は、「政府はイスラモフォビアとあらゆる形式の構造的な人種差別および宗教差別を非難し」とあることである。
 ナショナル・ポスト紙のコラムニスト、バーバラ・ケイ氏は、表現の自由への影響と、一宗教団体への特別扱いに懸念を表明した。彼女は政府の統計を引用し、2013年に起きたヘイトクライム326件のうち、イスラム教徒に対するものは65件で、ユダヤ教徒に対するもの181件の方が多かった事実を指摘した。また、イスラム法を批判した彼女のコラムのいくつかがイスラモフォビアと見なされ、カナダ刑法で罰せられるのみならず、イスラム教批判を萎縮させた結果、報復や女性迫害を含むシャリア法が事実上カナダに導入されることにもなりかねないと警告した。

 保守党内は、動議に批判的な意見が多い。保守党党首選に出馬しているピエール・ルミュー議員は、103号動議は「言論の自由への攻撃」であり、「一宗教への特別な保護を提唱する」と批判する手紙を支持者に送った。
 同じく保守党党首選に出馬しているケリー・リーチ元労働大臣も、動議に反対するとツイッターで述べた。
「言論の自由は、基本的なカナダの価値である。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、ヒンズー教、無神論、その他いかなる信仰であろうと、それを信じまた批判する権利があることを、我々は再確認しなければならない。」
 同じく保守党党首選に出馬しているリサ・レイト前運輸大臣も、不支持を表明した。
「103号動議は、論争の的となり適切とは思えない『イスラモフォビア』の文言に焦点を当てている。それゆえわたしは、これを支持しない。」
 同じく保守党党首選に出馬しているマクシム・ベルニエ元外務大臣は、「イスラモフォビア」の語が削除されないかぎり反対するとフェイスブックで述べた。
「この動議は、イスラム教を批判する我々の権利を制限する第一歩だろうか?」
 同じく保守党党首選に出馬しているエリン・オトゥール前退役軍人大臣も、「イスラモフォビア」の文言に危機感を抱き、その文言を含まない同様の「e-411号請願」を発表して、7万人のカナダ人の署名を集めた。彼はカリッド議員に、論争を巻き起こしている103号動議を取り下げ、e-411号請願に加わるよう呼びかけた。
「『イスラモフォビア』の文言が拡大解釈され、イスラム教あるいはその過激派に対する純粋な批判がイスラモフォビアとみなされると、相当な数のカナダ人が考えていることは明白だ。」
「私たちは良い話し合いの機会を持った。そして彼女は、私の提案を考慮すると言った。」
 同じく保守党党首選に出馬しているマイケル・チョン元政府間関係大臣は、下院がすでにユダヤ教・ヤジディ教・コプト教など他宗教への憎悪を非難したことを評価し、条件付きではあるが103号動議への支持を表明した。彼は、言論の自由に対するより大きな脅威は、あらゆる定義可能な集団に対する憎悪の表明を犯罪と規定した刑法第319条であると述べ、その廃止を主張した。彼は、不快な意見でさえ公共の場で議論され、自由な言論の「消毒剤」で反論されるべきであり、民主主義社会において言論の自由を制限するバーは非常に高いものでなければならないと、CBCニュースで訴えた。
「ヘイトスピーチに対抗する正しい方法は自由な言論であり、刑法ではない。」
「刑法第319条は、危害があまりに広く解釈されている。しかも第319条は、議論を萎縮させ、問題を地下に潜行させることになる。」
 ロナ・アンブローズ暫定党首は、修正されないかぎり動議を支持しないと述べた。だが具体的にどのような修正を求めているかについては、明言しなかった。
 保守党は16日、「あらゆる形式の構造的な人種差別、宗教上の非寛容、そしてイスラム教徒・ユダヤ教徒・キリスト教徒・シーク教徒・ヒンズー教徒およびその他の宗教コミュニティへの差別を非難する」という内容の新たな動議を提出した。だが自由党は、それは103号動議を水で薄めたようなものだとして反対することを決めた。アンブローズ暫定党首は、これを「党派ゲーム」だと非難した。

 トルドー首相は、イスラム教が一般に女性に抑圧的であることに鑑み、フェミニストである自身の信条と動議はどのように整合するのかと問われ、憲法に規定された個人の権利は、社会において他者の権利と調和していなければならないと回答した。
「混雑した映画館で『火事だ!』と叫ぶ権利はなく、それを言論の自由とは言わない。それは人々を危険にさらすことになる。そして我々が10日前にケベック市で見たように、我々の社会を危険にさらすほかのものがある。我々はそれに対し、強く立ち向かう必要がある。」

 103号動議は拘束力のない動議であるにもかかわらず、インターネット上ではこれを法案と勘違いして、過敏に反応する人々が続出した。中には、動議がただちにイスラモフォビアの非合法化や、シャリア法の導入を意味するものと誤解する者もいた。
 動議には、73のムスリム団体やその他の団体が支持を表明しているが、もちろん全ての団体が支持しているわけではない。イスラエル・ユダヤ問題センターのシモン・フォーゲル会長は、宗教への憎悪を非難するという本来の意図を実現するため、「イスラモフォビア」の文言を削除するようカリッド議員に申し入れている。
「そのような提案が、意図された目的にかない、誠実で合法的な市民の会話を抑制する別の意図に乗っ取られないことが、不可欠である。」
「イスラム教への全ての批判は、イスラモフォビアか?もちろんそうではない。ユダヤ人コミュニティは、四面楚歌だと感じているムスリム・コミュニティへの支援と連帯を望んでいるが、カナダの価値とは相容れないだけでないイスラム教の性質に関する建設的議論を、犠牲にしてまで替えることはできない。」
nice!(0)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 0

コメント 7

コメントの受付は締め切りました
お名前(必須)

素晴らしいです。この件について日本語で探していましたので、ありがとうございます。友人にラインを通じて送りました。
by お名前(必須) (2017-02-19 23:40) 

高橋幸二

あくまでもカナダのケースなのですが、こんなのを探していたのですか。物好きですねえ。
ヘイトクライムを規定した刑法139条については、以下のリンク先をお読み下さい。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=1&comm_id=1611536&id=20539839

カナダのイスラム問題については、以下のリンク先をお読み下さい。
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2015-02-18
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2015-02-27
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2015-09-23
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2015-11-19
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2016-09-15-1
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2017-02-01
by 高橋幸二 (2017-02-20 00:51) 

高橋幸二

保守党が提出した動議は、全野党に支持されたが、21日下院で126対165で否決された。
by 高橋幸二 (2017-02-22 18:13) 

WARE_bluefield

はじめまして。
以下のエントリの翻訳に際して、本記事を非常に重宝させていただきました。
リンクも貼らさせていただています。もしお手数でなければ、ご参照いただければ幸いです。
http://econ101.jp/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bb%e3%83%95%e3%83%bb%e3%83%92%e3%83%bc%e3%82%b9%e3%80%8e%e5%8f%8d%e3%83%aa%e3%83%99%e3%83%a9%e3%83%aa%e3%82%ba%e3%83%a0%e3%81%ae%e8%a7%a3%e5%89%96%e5%ad%a6%e3%80%8f%ef%bc%8820/
by WARE_bluefield (2017-02-22 21:09) 

高橋幸二

その記事なら、きのう読みましたよ。リンクを貼ると通知されるようになっているのです。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1611536&page=1&id=20539839

ヒースは、保守党は「103号動議に関してウソを付き続けている」と述べていますが、その理由は書かれていません。保守党の動議は「イスラモフォビア」の文言を欠いていて、公平性があるように見受けられますが、あなたはどう思いますか。おとといカナダ・ムスリムフォーラムの理事長が、保守党の動議は自由党の動議を「退化」させるものだと非難しました。
自由党はひょっとして、野党からこのような修正が出るのを見越して、わざと「イスラモフォビア」の文言を入れ、対案を出させてそれに乗ろうという駆け引きかと思いましたが、もう否決されました。過去にも、似たようなことをやっています(http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=1&comm_id=1611536&id=30263863 の16・17)。
問題の本質は、宗教や民族主義を禁止するのではなく、それを理由としたテロを取り締まるべきだということです。今回はイスラム教徒の方が「先住カナダ人」に攻撃されたのに、イスラム教徒がなぜか叩かれています。

無党派はいまや、どの政党支持者よりも多いのです。既成政党に見捨てられていると考える無党派の心を掴み、自分に投票させればダークホースでも当選できることを、トランプは実証しました。ケリー・リーチは、トランプの真似をしてネトウヨ層に媚びているのだと思います。そしてこの作戦は、一定の効果を挙げたようです。リーチは党首選で集めた寄付金が、候補の中で上位に来ています。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1611536&page=1&id=78987232 の10、http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1611536&page=1&id=49557492 の5・7参照)
by 高橋幸二 (2017-02-23 08:03) 

高橋幸二

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1611536&page=1&id=78987232
下荒地バンクーバー総領事の事件について、コメントしておきました。カナダに長く住んでいる人なら、みんな知っています。石田純一かと思いました。カナダに長く住んでいる人は、外で子供を叩いたりはしません。
セリーヌ・ディオンが嫌われているのは、アメリカ人と結婚してアメリカに移住したからです。つまり愛国心がないと思われているのです。ちなみに彼女はケベック人で、デビュー当初は英語を話せないシャンソン歌手でした。
(こういうのもあります。http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1611536&page=1&id=21440682
[カナダ先住民]という訳注には笑いました。もちろんジョークですよね?
by 高橋幸二 (2017-02-23 08:04) 

WARE_bluefield

高橋様
当方、旅行に行っており、返事が遅れる事になり申し訳ありません。
「先住民」は完全に当方の配慮不足でした、ご指摘ありがとうございます。
ご指定の件等、修正さしていただきました。ご教示ありがとうございます。

103号動議ですが、ヒースは著作等でも一貫して、保守・リバタリアン的な自由の概念に批判的です。よって、「言論の自由を盾に、ヘイトスピーチを許容する」ような保守党の姿勢への彼の一貫した批判的態度の現れではないかと当方は考えています。

また参考にさせていただくこともあるかと思います。
その際はよろしくお願いします。
by WARE_bluefield (2017-03-01 19:23) 

トラックバック 0