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イライジャ・ハーパー死去 [マニトバ]

4117711.jpg ミーイレイク協定を潰して名を上げたインディアンの元議員イライジャ・ハーパー氏が、5月17日糖尿病の合併症による心不全で死去した。64歳だった。

 彼は長い間年齢を秘匿していたが、1949年マニトバ州レッド・サッカー・レイクのインディアン居留地に生まれ、マニトバ大学で学んでいる。
 1978年、レッド・サッカー・レイクの酋長に就く。1981年新民主党からマニトバ州議会選挙に出馬し、協定インディアンとして初の州会議員となる。ハワード・ポーリー内閣の先住民問題担当大臣、北方問題担当大臣などを務めたが、1987年飲酒運転で事故を起こし罷免された。

 彼を有名にしたのは、1989年のミーチレイク協定である。協定はケベック文化の尊重を謳っていたが、先住民の文化は尊重していなかったため、彼は州議会で議事妨害を行い、協定批准を阻止した。彼が鷲の羽を持つ姿はカナダ全土の注目を浴び、詩にさえ詠われた。

 1993年には連邦議会選挙に新民主党から出馬しようとしたが、彼の選挙区には現職議員がいたため、自由党に入党しその候補となった。だがケベック選出議員は新民主党にはいなかったが、自由党には非常に多く力も持っていたため、ミーイレイク協定を潰した彼の入党は快く思われなかった。彼は目玉候補として当選したものの、要職は与えられず、1997年と2000年には落選した。
 ハーパーは経済的に困窮し、債権者や離婚した元妻から告訴された。元妻は、4人の子を養育するため生活保護が必要だと語った。晩年は腎臓を患い、2012年には腎臓移植を受けている。
 2007年、彼を主人公とした映画「イライジャ」が制作された。

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投資の入門

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
by 投資の入門 (2014-06-24 10:14) 

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