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ノーベル賞に選ばれたスタインマン、3日前に死去 [科学]

f119035c454383da594f63615ed4.jpg ノーベル賞選考委員会は10月3日、2011年のノーベル生理学・医学賞をカナダのラルフ・スタインマン氏、アメリカのブルース・ビュートラー氏、ルクセンブルクのジュール・ホフマン氏の3人に授与すると発表した。賞金の1000万クローナ(約1億1000万円)はスタインマン氏に2分の1、ビュートラー氏とホフマン氏に4分の1ずつ配分される。

 ホフマン氏は1996年、ショウジョウバエの研究を通して、「トル」という遺伝子が感染症予防に重要な役割を果たしていることを発見した。ビュートラー氏は1998年、細菌を認識して免疫機構を作動させる「トル様受容体」をマウスの体内で発見した。スタインマン氏は1973年、T細胞を作動させる「樹状細胞」を発見した。3人の研究を委員会は「彼らの働きは、伝染病やガンや感染症の予防と治療の発展に道を拓いた」と評価した。

 スタインマン氏は1943年、モントリオールに生まれた。マギル大学で生物学と化学を学び、ハーバード医科大学で薬学を修め、マサチューセッツ総合病院に勤めた後、ロックフェラー大学で免疫学を研究していた。
 ところが、ロックフェラー大学のマルク・テシエ=ラビーニュ学長は意外な声明を発表した。
「ノーベル基金が、免疫反応に関する発見についてにラルフ・スタインマンを認めたことを、ロックフェラー大学は光栄に思う。だがその知らせは、甘くほろ苦いものだ。ラルフの家族から今朝、彼が長年にわたる癌との闘病の末、3日前に亡くなっていたと聞かされたからだ。」
 スタインマン氏は4年前に膵臓癌と診断され、樹状細胞を使った免疫療法で闘病を続けていたという。彼の娘アレクシスさんは「父の長年の努力がノーベル賞として認められ、みな感激している。父は生涯を研究と家族にささげた。父もきっと光栄に思うことだろう」と語った。
 スタインマン氏は、カナダに14個目のノーベル賞をもたらすはずだった。だがノーベル賞は、有益な業績を残した学者に研究のための報奨金を提供するプログラムである。よって、物故者には授与されないと定められている。1996年にノーベル経済学賞を受賞したカナダのウィリアム・ビックリー氏は、その3日後に心臓発作で死去している。

 「iPS細胞」を作製した山中伸弥教授(京都大学)は、スウェーデンの新聞に受賞最有力候補と報じられたが、選ばれなかった。
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高橋幸二

 ノーベル財団は10月3日ストックホルムで理事会を開き、スタインマン教授への授賞を取り消さないと決定した。
 スタインマン教授死去の知らせが選考を行うカロリンスカ研究所にもたらされたのは、発表から3時間後の3日午後2時半(日本時間9時半)ごろであった。ノーベル賞規約の第4条には「物故者の業績は授賞に考慮されてはならない」と定められている。ノーベル財団は「このようなことはノーベル賞の歴史で前例がない」としながらも、「規約は死者を故意に選んではならないというもので、今回の決定は教授が存命との前提に立ち、善意に基づいて行われたもの」と強調した。
 ノーベル賞規約は1974年に改定され、原則として死後に贈ることはできないとされた。74年以前には、コンゴ動乱の調停に向かう途中で墜落死したハマーショルド国連事務総長が、死後の61年に平和賞を受賞した。またスウェーデンの詩人エリク・アクセル・カールフェルトも、死後の31年に文学賞を贈られた例がある。
by 高橋幸二 (2011-10-04 06:59) 

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